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シャープの知的財産価値を考えてみる

シャープがかつてない苦境に立たされています。(Yahoo! ファイナンスの株価チャート

MZ-2000の頃からつい最近のem-oneまで永くシャープ製品を愛用していた者としては悲しい気持ちになりますが、気がついてみると今は使用している製品がひとつもなく、いつの間にか周囲には多数のApple製品が。これが正に現在の苦境を表しているようで心苦しいものがあります。

今日は、そんなシャープの知的財産(技術=特許、ブランド=商標)の価値をざっくりと考えてみます。

<事業価値はどれくらい?>

知的財産は事業に使ってなんぼですので、まずは事業価値全体を考えます。

営業損益の推移を見ると、2011年9月期に2008年6月期以来の300億円超となったあと、過去3四半期連続でマイナスが続いています。しかも、期を追うごとにマイナスの額が大きくなっており、業績は正に急降下といった状況です。

会社による今期(2013年3月期)の業績予想は、営業利益が▲1,000億円となっており、第1四半期が▲941億円ですので残りの9か月の営業利益は差し引きたったの59億円、つまりほとんど損益ゼロで推移するという見通しになっています。

減価償却費とのれん償却費の合計額は四半期毎にでこぼこがありますが、概ね四半期で600億円、年間では2400億円となっています。

そうすると、直近12か月および今期予想に基づくEBITDAは、1,050億円(▲1,350+2,400)〜1,400億円(▲1,000+2,400)となります。

シャープの営業利益等の推移(単位:百万円)
四半期2011/62011/92011/122012/32012/6直近12か月
営業損益3,52530,060-24,448-46,689-94,133-135,210
減価償却費・のれん償却費62,77764,94658,61563,44152,775239,777
EBITDA66,30295,00634,16716,752-41,358104,567

次に、事業価値(EV)に対するEBITDAの比率(EV/EBITDA倍率)を、同業他社で見てみます。

事業価値を(株式時価総額+少数株主持分+有利子負債ー現預金ー短期有価証券)として、同業他社7社(パナ、ソニー、日立、東芝、NEC、三菱電機、富士通)の倍率を直近12か月実績で見てみると、最小が富士通の3.3倍、最大が東芝の5.8倍となり、平均ではほぼちょうど5倍となりました。(ちなみに、シャープの倍率は12倍と異常値になっています。これは、事業価値の計算上、有利子負債を簿価で評価していますが、実際には有利子負債の時価が簿価を下回っていることを示唆しています。)

これをさきほどのEBITDA 1,050億円〜1,400億円に当てはめると、シャープの事業価値は5,250億円〜7,000億円ということになります。

これに「25%ルール」をあてはめると、知的財産(技術およびブランド)の価値は、約1,300億円〜1,750億円となります。

<2012年6月末のバランスシートと比べると>

シャープの2012年6月末の貸借対照表を組み替えて、左側(借方)に事業用資産、右側(貸方)に調達資金とすると、以下のようになります。理論上は、左右それぞれの合計額は事業価値とイコールとなるはずですが、簿価では1兆4,819億円となっており、上記の計算とは大きく離れています。

まず、右側から見ていくと、株主資本が4,706億円となっていますが、直近(8/27)の株式時価総額(自己株式調整後)は2,168億円と半分以下になっています。まだだいぶ差額がありますが、残りは前記のとおり有利子負債の簿価と時価に差額があることが示唆されます。逆に言うと、EBITDA倍率5倍を前提とすると、有利子負債1兆円を支えるためには年間2,000億円、四半期では500億円のEBITDAが必要であり、2011年9月期まではそれをクリアしていたものがそれ以降は下回っているため、ここへきて銀行がシャープに強い圧力をかけているということです。

なお、格付会社のR&Iも、8月20日にシャープの格付けをシングルAマイナスからトリプルBに2段階引き下げています。

次に、バランスシートの左側と比べてみます。これは簿価ベースなので、シャープの保有している技術=特許やブランド=商標は載っておらず、時価ベースではこれらの評価額が更に加算されてくることになります。これは、固定資産について、大幅な減損損失が生じていることを示唆しています。

運転資本については、時価と簿価の差額がないものと想定すると、事業価値5,250〜7,000億円から運転資本を差し引いた1,826〜3,576億円が固定資産と技術・ブランドの合計額ということになります。

2012年6月末 シャープ連結B/S組換版 (単位:億円)
運転資本(純額)3,424有利子負債(純額)10,030
固定資産・繰延資産11,395少数株主持分83
技術・ブランド0株主資本4,706
    
事業用資産合計14,819調達資金合計14,819

 

<第三者によるブランド評価額>

ブランドについては、複数の外部調査会社が評価額を公表しています。

日本経済新聞社が毎年公表しているブランド価値ランキングの2011年度版によると、シャープのブランド価値は以下のとおりとなっています。このうち株主スコア分を計算すると、666,131×(291/990)=195,802 となり、ブランド価値だけで1,958億円という評価になります。

順位会社名CB価値(百万円)CBスコア顧客スコア従業員スコア株主スコア
22シャープ666,131990371328291

また、インターブランド社が公表しているJapan's Best Global Brands 2012によると、シャープは前年から1つ順位は落としているものの13位につけており、ブランド価値は1,884百万ドル(1ドル80円換算で1,507億円)と評価されています。

<コスト・アプローチではどうか>

研究開発費や広告宣伝費を投下することによって生まれてくる技術やブランドについては、多額の費用をかけたからといって価値あるものが生み出されるという直接的な関係がないため、知的財産の価値評価にあたってはコスト・アプローチを採用することは少ないと言われています。

しかし、ゴーイングコンサーンである営利企業が毎年多額の研究開発費や広告宣伝費を支出していて、それに見合うリターンが得られていないとしたら、そのような営みは持続不能であると言わざるを得ません。もしかすると、シャープは正にそのような状況になりつつあるのかもしれませんが、過去の研究開発費や広告宣伝費の金額は一定の参考になります。

過去5期間の研究開発費を見ると、金額は減少傾向にあるものの売上高に対する比率ではほぼ6%程度で推移しているといえます。また、広告宣伝費についても同様にほぼ2%程度で推移しているといえます。

シャープの事業セグメントは今後ますます携帯電話にシフトしていくことが予想され、そうすると現状の製品開発サイクルでは製品寿命は1年未満となるので、資産性のある研究開発費はますます小さくなっていくものと考えられます。

他方、広告宣伝費=ブランドの方は、研究開発費に比較すると、より長期間に渡っての効果が期待できるため、仮に効果が持続する期間を5年とすると、おおよそ2.5年分((4.5+3.5+2.5+1.5+0.5)/5)の支出額に相当するブランド価値が認識されることになります。

2013年3月期の予想売上高2兆5千億円、広告宣伝費対売上高比率2%では年間の広告宣伝費が500億円となり、その2.5年分だとブランド価値は1,250億円と計算されます。

研究開発費・広告宣伝費の推移(単位:百万円)
決算期2008/3期2009/3期2010/3期2011/3期2012/3期
研究開発費196,186195,525166,507173,983154,798
対売上高比率5.7%6.9%6.0%5.8%6.3%
広告宣伝費75,37567,25950,24654,954n/a
対売上高比率2.2%2.4%1.8%1.8%n/a

<QK値について>

特許価値評価指標である「YK値」と株式時価総額を関連させた「QK値」という指標を株式会社QUICKが開発しており、それによるとシャープは2012年7月度で第2位になっています。「QK値が大きいということは特許価値と比べて時価総額が小さい」ことを示しているということになるようです。シャープの場合には、高いYK値(特許価値)を有していながら株価がどんどん下がってしまったため、高いQK値になったものと考えられます。YK値の算定にあたっては財務情報は用いられていないため、シャープの場合には、独占性が高い特許を多数保有しているがそれらを事業に活用して収益を上げられていない、という姿が読み取れます。

<まとめ>

現状のシャープは事業によってプラスのキャッシュ・フローを生み出せていない状況にあり、この意味では技術もブランドも価値がないことになります。しかしながら、2兆5千億円の売上高、1,000億円強のEBITDAを生み出すゴーイングコンサーンはやはり一定の価値がある経済的な主体であり、それに貢献している技術やブランドにも一定の価値が認められます。ただし、技術の価値については、製品の競争が激しく収益を上げることが難しくなっていること、製品のライフサイクルが極めて短くなっていることなどから、資産として認識できる部分はかなり限られるものと考えられます。他方、ブランドについては、日本のみならず世界の消費者に広く認知されているブランドであり、第三者の評価でも1千億円以上の評価額になっていることから、1,000〜2,000億円の価値があるといえるのではないでしょうか。

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IP Valuation Patent Office / www.ipval.net
Koichiro MATSUMOTO / kmatsu@ipval.net
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<おまけ:今まで使ったシャープ製品>

  • MZ-2000
  • PA-9500
  • PA-9550
  • MI-506DC
  • NTT-P 312s
  • SH-812i
  • MI-E25DC
  • VN-EZ5 (internet viewcam)
  • PC-PJ120H
  • WS003SH (W-ZERO3)
  • WS007SH (W-ZERO3[es])
  • S01SHII (em-one)

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